富士山 吉田口馬返〜山頂お鉢巡り〜宝永山

2025年8月24日(日)〜25日(月)

日程:24日10:00馬返〜12:15佐藤小屋〜12:536合目富士山安全指導センター 〜15:00東洋館
 25日2:52東洋館〜4:40八合目トモエ館〜5:50吉田口頂上〜7:14剣ヶ峰〜8:40久須志岳〜8:50吉田口頂上〜御殿場口頂上〜10:44御殿場口7合目〜11:10宝永山馬ノ背〜12:25五合目宝永入口〜12:35富士宮口5合目

今回のルートはスタート地点とゴール地点の公共アクセスがないため、交通機関は車ではなく電車とバスを利用した。まずは富士山駅からバスで今回の登山口である馬返に移動。富士急行バス5合目行きには大勢の人が乗車していったが、馬返行きは私と6名のグループのみでバスでなく大型タクシーでの運行であった。

標高1450mの馬返から歩き始めるとまもなく合掌する猿の像が両脇に配置された鳥居をくぐり、静かで涼しい林の中を歩く。江戸時代には多くの富士講が利用した歴史ある登山道のため多くの名残を鑑賞することができた。なかでも四合五勺の御座石は、神が寄り付く石を意味するとのこと、江戸時代まで女性はここまで登ることが許されていたそうだ。(江戸時代以降は基本的に2合目以上は女人禁制)ここでは岩に彫り込まれた「日本橋」の文字が印象的であった。ちなみにこの辺りまでは登山者はほとんどいなかったが、トレランの人たちとは外国人も含め何グループかとすれ違った。

舗装道路を通過し、ホタルブクロやアキノキリンソウ、イヌタデ、ウラジロタデの花を楽しみながら、標高2300mの佐藤小屋に到着。 すると、そこには渡りをする蝶で有名なアサギマダラが3羽ほど飛び交っていた。今年は特に猛暑が続いたのでこの暑さを避けるために標高の高いところに移動したのだろう。そして5合5勺には日蓮上人が富士登山を行った際に書写した法華経を埋納した経ヶ岳と呼ばれる場所が。そして間もなく行くと姥ケ懐という岩穴があり、ここで日蓮上人は百日間の修業を行ったそうである。この先にはちょっと目を引く美しいオオヤマオダマキの花が咲いていた。
そして12:50ごろ、6合目到着、ここからは入山料@4,000円を係員に支払い、スバルライン5合目までバスで移動した数多くの登山者と合流する。しばらく行くとすこしずつ傾斜がきつくなるため、登山慣れしていない人たちはあちこちで休息をとりながらゆっくり前進している様子。やがて15:00に本日の宿泊地である東洋館へ到着。早めに飲食を終わらせ翌日の朝食である菓子パン+栄養ドリンクを受け取りシングルルーム就寝ベットへ。宿泊費は高く感じたがプライバシーを考えた宿舎の造りは過ごしやすかった。

2日目:2:00起床2:50登山開始。すれ違う登山客も少なく快適。やがて4:00を過ぎると朝焼けが始まり、5:05に太陽が顔を表す。まもなくすると山肌が朝日に映え赤く染まる。5:50吉田ルート3710m山頂へ到達。こちらでまずは久須志神社で御朱印をいただき、色鮮やかな火山岩を眺めながら浅間大社奥宮にて御朱印をいただき、そして最高峰の剣ヶ峰へ。ここでは多数の人々が証拠でもある山頂での記念撮影のため列を作って並んでおり、わたくしも1時間ほど並んで二頭三角点「富士山」へ。

そして日本最高峰のこの場所でなんとイワヒバリと出くわす。ちなみにその前にアブらしき虫にも出会っている。こんな標高の高いところでも、人が多くいるところには生き物も集まるのだろうか。また、山頂の火口はいくつかに分かれており、大きな火口一つと思っていたこれまでの先入観が吹き飛んだ。その後金明水を遠くから眺めながらふたたび吉田ルートの山頂口より奥宮へお鉢巡りをして御殿場ルートへ下山開始。こちらは整備の行き届いた吉田口とは雰囲気が変わり基本的に手の入っていない砂利道で、それにちなんで砂走という山小屋まである。下りは靴底で砂利を踏みつけながら下っていけば特に支障ないが、登りは滑るので少し大変そうである。途中から宝永山方面へ、第一火口、第二火口と雄大な山の起伏に囲まれての下山は印象的であった。その後森の中を経由して富士宮口5合目登山道入り口に12:30到着。13:00発富士宮駅行きバスに乗車し14:20に富士宮駅到着、帰路に就いた。


記録:IWA



2025年度山行報告へ