タンザニア キリマンジャロ 山行報告

(1) キリマンジャロ登山の動機
昨年で山歴ちょうど10年、何か記念に残るような山行がしたかった。今年、会社から5年に一度の長期休暇が取れる年でもあったので、まだ行ったことのない海外登山に挑戦しようと思った。海外でそれなりに目標になり、かつ登攀技術を伴わなくても登れる山、ということでキリマンジャロを選んだ。

(2) 準備
6,000mの高山が、そうたやすく登れるはずもないので、行くと決めた以上、万全の準備をして挑戦しようと思った。この山の最大の課題は高地順応であることは明らかだったので、春先から出来るだけ標高の高い山に登りに行くよう心がけた。ただ春先の富士山はまだ危険が伴う為、まずGWに台湾の最高峰玉山に登りに行った。その後、6〜7月始めにかけて富士山をルートを変えて3回程登った。3回目は山開きに合わせ、山頂小屋に宿泊した。結果的には、意外にも御殿場ルートの下りの砂走りがおおいに役にたったが。
ちなみに旅行会社のキリマンジャロツアーは、この数年内に4,000m以上の高山に登った事がある事を参加条件にしており、健康診断書の提出も義務付けられている。私の場合、直前の玉山登山でOKになった。(厳密には、玉山は4,000mに満たないが)
また低酸素トレーニングに6回程通い、高所での呼吸法を学ぶことが出来た。この呼吸法を知っているのと知らないで行くのかは結構決定的な差が出ると思う。6,000mの気圧の中では、睡魔が襲うと呼吸困難に陥り、思わず低酸素室を飛び出した事もあり不安も感じたが、身体を高所の気圧に慣らす上では大変に役に立った。
高山病予防薬ダイアモックスを医師に処方してもらう事も重要で、効いているかどうかは別にしても、精神的な安心感が得られた。この薬は保険が効かず高価で、かつ副作用もあるので全ての人にお薦めという訳ではないが、高所登山をする場合必携品であると思う。

(3) タンザニア
タンザニアへは、成田から香港経由でエチオピアまで15時間、そこから乗り継ぎでキリマンジャロ国際空港迄2.5時間、トランジットの待ち時間を合わせるとほぼまる1日がかかる。機内食は4回も出てくる。旅行会社によると、この長いフライトで体調を壊す人も結構いるそうだ。
日本との時差は6時間で、ヨーロッパより少なく、それ程苦痛には感じなかった。ほぼ赤道直下の南半球なのだが、日が暮れると結構寒く、この時季は乾季と聞いていたが、雨も降った。東京より寒いと思った。日中は確かに暑いが湿度が低いので過ごしやすい。ただし土ボコリがひどい。家々は貧弱で庶民の生活は貧しいが、それでもアフリカ諸国の中ではタンザニアは経済が発展している国らしい。
タンザニア人は、キリスト教徒40%、イスラム教徒40%だそうで、朝5時頃コーランの祈りの声で目が覚め、6時頃に教会の鐘の音が聞こえてくるといった感じで、宗教的な対立はなく仲良く同居している様で、少なくとも私がいた街の治安はそれほど悪い印象はなかった。
言語はスワヒリ語で、こんにちははジャンボ、ありがとうはアサンテ。この二言は山行中よく使用した。ちなみにキリマンジャロ山頂のウフルはスワヒリ語で独立という意味で、1961年にイギリスの植民地から独立した記念につけられた名称だそうで、キリマンジャロはタンザニア人にとって独立の象徴なのだそう。公用語は英語。

(4) キリマンジャロ山
アフリカ大陸最高峰で、標高は5,895m。7大陸最高峰の一つ。山頂付近は年々減っているとは言うものの、今でも氷河がある。ヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」という短編小説は有名。山行前に読んで行った。
毎年35,000人の世界中の登山者が挑戦する世界屈指の名峰で、タンザニアの貴重な外貨収入源になっている。現地ガイド、コック、ウェイター、ポーターを雇わなければ入山出来ない。他、入山料は、現在1人8万円程。
キリマンジャロは巨大な休火山。日本の山は比較対象にならない。全く別物。例えて言うなら、富士山の馬返しから五合目の佐藤小屋迄の裾野歩きに毎日1,000mの標高差で丸3日かかり、人力で登るしか手段がない。(実際には高地順応日1日を加え4日) 五合目の佐藤小屋の標高が4,700mあり、そこから4日目、山頂まで最終アタックするという感じか?山自体は比較的なだらかで、登山道も非常に整備されており、登山技術を要する難易度の高い山ではない。晴天率も高く、雨季以外は年中登れる。ポーターが荷物を運んでくれるので、軽いザックで登れる事から大名登山とも言われるが、高所の厳しさだけは助けてもらえない。ただし最終アタック時は、個人ポーターを雇うことが出来、荷物は全てポーターが持ってくれ、登山者を押したり引っ張りあげたりしてくれるので、これによって登頂率は格段に上がる。わたしはまだ余力を残していたのでポーターを雇わず自力で登ったが。実際には、参加者9名のうち6名が個人ポーターを雇い、内5名が登頂した。

(5) 高山病
まず成田で、旅行会社の添乗員から、キリマンジャロツアー参加者のウフルピーク(最高点)への登頂率は50〜60%で、全員が登れる訳ではないとの説明を受ける。
キリマンジャロの最大ネックはやはり高山病で、多分4,000mくらいになると、人によって症状はまちまちだが、参加者全員が高山病かかっている。まともな健康状態の人はいない。特に最終キャンプのキボハットは、標高が4,700mあり、ほぼ睡眠をとる事は困難である。食事も喉を通らない。最終アタックの際は、酸素の薄いなか、標高差1,000m以上の急登を、この病人達がフラフラしながら夜通し登る状態になる為、かなり過酷な試練を受けることになる。また稜線に出ると、突風にさらされ、強烈な寒さに耐えなければならない。しかも登頂後、下山は5,900mから3,700mのホロンボハット迄一気に降りる為、この日は夜23時に出発、山頂に7時、目的地到着は16時で17時間の行動時間だった。
実際、我々が最終アタックのする日の前日、南アフリカの方が下山途中に肺気腫で亡くなられており、同じような症例での死者はキリマンジャロの場合、年間20人程いるそうだ。 旅行会社も高山病に関してはかなり慎重で、毎日朝夕参加者にパルスオキシメーターで血中酸素濃度の測定を義務付けていて、安全の為、ある一定の数値以下になると下山を勧告することもある。
高山病は、高所になればなるほど、最悪の場合死に至る重大な事態を引き起こす可能性がある為、舐めてかかってはいけない。

(6) 山行
今回の参加者は9名で、20歳代1名、30歳代2名、40代後半1名、60代後半4名と私。60代後半の4名はいずれも高所経験者で、ただの年配者ではない。むしろ若手の方が勢いで挑戦に来た感じだ。女性は1名。結果的には9名中8名が山頂のウフルピークに登頂し、残りの1名も山頂すぐ手前のステラピークまで登っているので、メンバー的には中々の強者揃いだったことになる。 山行1日目は、昨日丸1日飛行機の中だったので疲れをもちこしながら、登山口マラングゲートからジャングルの密林の中、標高差900mを6時間程かけて登る。目的地マンダラハットの標高は2,700m。変化がなく単調でたまに動物にあうもののちょっと退屈。2日目も標高差1,000mを6時間、この日は最初密林の中だが、3,000m 1時間程で森林限界を超え、はるか彼方に目差す山頂が見えてくる。広大なキリマンジャロの裾野歩きでサバンナをひたすら登る。目的地ホロンボハットの標高は3,700m。3日目は終日高地順応日、近くのゼブラロック4,000mにハイキング、行動時間は4時間程。4日目、ホロンボハットから最終キャンプ地 キボハット標高4,700m地点へ標高差1,000mを7時間。4,500mが植生限界でその上には植物もなくなる。5日目は登頂日、山頂迄標高差1,200mを8時間、苦労して登った山頂から見たご来光の瞬間をたぶん一生忘れないだろう!それからホロンボハット3,700m迄下山を9時間、計17時間の行動時間。みんなこの日は爆睡状態に。因みにメンバーの中にはキナバル登頂者が2名いたが、10倍以上辛かったとの事。わたしも玉山とは比較にならないと感じた。6日目、早朝出発し、7時間でマラングゲートに下山。下山後、タンザニア人ガイドさん達と祝杯、昼食会。登頂証明書の授与。

(7) 全体を通して
タンザニアを離れる日、キリマンジャロ空港から飛び立った飛行機は、キリマンジャロ山の上空を旋回して高度を上げる。機長からキリマンジャロが右側の窓から眺めることができるとアナウンスが流れる。その山頂の姿を眺めた時、自分が数日前にあの山頂に立っていたことが夢のような何とも言えない幸福感と感慨を覚えたことが忘れられない。

今回キリマンジャロ登山を通じて、海外登山の魅力に思い切りハマった。日本の山には四季があり、雪があり、下山後は温泉もあり、それはそれで素晴らしいが、世界には全く違う山の魅力がある事を知った。単にピークハントを目差すだけではなく、世界の絶景をもっとたくさん目の当たりにしてみたい。これからは日本、世界両輪で山を楽しもうと思っている。
旅行会社から、早速、次の目標としてインドのストックカンリ(6,153m)を勧められている。個人的には、キリマンジャロで多少の余裕を感じたので、ストックカンリかどうかは別として、数年以内に6,000m峰を是非狙ってみたいと思っている。話を聞いていると、雪の少ない時期で条件次第ではアコンカグアも可能性があるそうだ。何よりも60代後半の方々が、キリマンジャロを目差すという意識の高さに触発された。そして彼らの経験談を聞きながら、その話をしているイキイキとした表情に、とても人間的な魅力を感じた。


(TSUMU記)


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