剱岳チンネ左稜線の記録

日程:2015年8月8日(金)〜13日(水)

8月8日(土) 快晴
7:00横浜⇒横浜町田IC(外環・長岡経由)⇒滑川IC⇒16:30立山駅駐車場

 朝7時にNさん宅前に、合宿後に高知に帰省するM夫妻の車と集合した。横浜町田ICから外環経由で関越に入り渋滞を避けて長岡経由を選んだ。順調に進み早すぎた感じだったが、Nさんが忘れた手袋とMさんのツエルト用のペグを調達するため一つ手前の滑川ICで降りて、買い物をしたりして時間が良い加減につぶれた。
 とはいえ駐車場の空き具合も心配なので夕飯はコンビニ弁当を購入して立山駅の無料駐車場に16:30に到着。立山駅には駅前・踏切の下・川沿い・橋の向こう側の大きく4つの無料駐車場があるが橋の向こう側の駐車場にも結構停っていた。不安になったが帰る人がいる時間だったため駅前駐車場の駅に近い良い場所に停める事ができた。立山駅の無料休憩所で晩酌と夕飯をとって、少し涼しくなってからテントに移動して就寝した。

8月9日(日)快晴
4:30起床6:00⇒6:20ケーブル&バス⇒7:30室堂8:10→8:54雷鳥平9:05→11:02別山乗越11:25→12:00剱沢山岳警備隊派出所前→12:25剱澤小屋前→14:30真砂沢ロッジCS

 駐車場は例年だと朝早くからざわつくのだが、今年は少し静かだった。ケーブルの始発は切符購入から行列になり混むので6:20狙いで行く。美女平からのバスが臨時便も出たりするので6:20に乗っても室堂到着はあまり変わらない気がする。駅前の駐車場は既に満車で警備員が出て別の駐車場へ誘導していた。
 室堂に到着しトイレを済ませて準備体操をして歩きはじめる。天気は良好。
 地獄谷の閉鎖は続いたままで、状況が悪化しているのだろうか?火山ガス観測用の建物が建設中だった。
雷鳥坂の登りも途中1回の休憩で登り切り、剱沢の富山県警山岳警備隊派出所に12:00に到着。ちょうど昼食中だったが、長次郎谷の右俣の雪渓の状況などの情報を教えていただいた。昨年と同様に、雪渓上部は切れていて右側の雪渓と岩場の隙間を登る状態の様だ。アイゼンやロープの装備は持っているのか聞かれて、積極的にロープを出すように忠告を受けた。
 休憩もそこそこに真砂沢ロッジに向けて再出発した。クロユリの滝は完全に露出しており、夏道を下まで降りてから雪渓へ移動した。
アイゼンとピッケルを装着して雪渓を下る。南無(なむ)の滝はまだ露出していなかったが、剱沢の警備隊派出所の案内板には迂回するように注意喚起されていたし、クロユリの滝は完全に露出していたのも気になるので、安全第一でアイゼンを外して巻き道を利用した(翌日も翌々日も巻いた)。真砂沢ロッジには結構テントが張られていて残りわずかの状態だった。ご主人に昨年のリベンジにやってきた事を伝えてビールを購入しくつろいだ。昨日は熊ノ岩も三ノ窓もかなりのパーティーが入っていたとのこと。年代物?のズブロッカとハングル文字で良く分からないポケットサイズの液体の差し入れをいただいて盛り上がった。良い加減を少し通り過ぎた感じはあったが、明日は2時に起きる予定なので早々に夕食を食べて寝た。
(Nの補足)
 長次郎谷右俣については、室堂の富山県山岳遭難対策協議会の掲示板に「長次郎谷は右俣、左俣ともに上部にクラックあり、通行要注意!」との記載があり、通行可能と読めた。「積極的にロープの活用を」という警備隊の話は、昨年右俣で滑落してクラックに落ち救助された事案があったからだろう。雪上歩行に習熟したパーティーであれば問題ないと思われたが、場合によってはロープ使用も想定した。実際には不要だった。
 後日談だが、8月末に行方不明となった遭難で、真砂沢と剱沢の合流地点辺りの沢の中で男性の遺体が発見される事故の報道があった。どうしてそうなったか原因は分からないが、南無の滝の所で雪渓が崩落した可能性も考えられる。我々が通った時に夏道に迂回せず雪渓上を歩くパーティーがいた。迂回するにはアイゼンを脱着する手間がかかるが、やはり安全のためには面倒でも手間を惜しんではいけないと、改めて思った。
 真砂沢ロッジのテント場が混んでいたのは、雪渓部分がいつもより広く出張っていたため露地部分が狭くなっていたのも一因だろう。
8月10日(月)晴れ
2:00起床3:00→4:00長次郎谷出合→5:45熊ノ岩下(休憩1回)→7:40池ノ谷乗越→8:45三ノ窓(ツエルト設営)→9:50チンネ左稜線取り付き10:20→18:05チンネの頭18:30→20:30三ノ窓→23:00就寝

《真砂沢ロッジから池ノ谷乗越まで》
 朝食は昨日寝る前に戻したアルファー米を各自で持つことにしていたので、準備でき次第に出発することができた。キャンプサイトは1番に出発した。雪渓が繋がっているので暗くても不安は無い。
南無の滝を巻いて、長次郎谷の出合は4:00に到着。後方からも剱沢の上方からもヘッドライトが見える。今日もかなりのパーティーが入ってきそうだ。さっさと行きたいところだがペースが上がらないので先頭をNさんに代わってもらった。ペースが上がらず歩きながら休んでいるようなものであったが、熊ノ岩の下まではザックを降ろしての休憩をすることなく進んだ。

熊ノ岩を眼下に見るようなり、長次郎谷右俣の勾配が厳しくなる。雪渓は途切れ途切れということはなく、後半まで繋がっていた。いよいよ雪渓が途切れた所からNさんとHさんはアイゼンのままザレ場と岩場を登ったが、アルミアイゼンのAさんとKNは再装着覚悟でアイゼンを外して歩いた。結果的にはアイゼンを再装着することなく池ノ谷乗越に到達できた。

(Nの補足)
 長次郎谷右俣上部の雪渓が割れている所(クラック)は適当な広さのガレ場と雪渓が交互に現れる状態で、比較的歩きやすかった。シュルント部分もそれなりに歩けたり、八ツ峰側のザレ場や岩棚に比較的容易に上がることができた。

《三ノ窓まで》
コルからは池ノ谷ガリーを下り三ノ窓へは9時前に到着することができた。1ピッチ目の終了点に人が見えて、複数のコールがコダマしている。隣に並んで張ることはできなかったがよい場所を2ヶ所確保してツエルトを設営した。(三ノ窓にはテントとツエルトが既に合計4張りあった。今回4テン一張りにする案も考えたが、三ノ窓で4テンが張れる場所は限られていて、最上部の三ノ窓雪渓側と池ノ谷側の下の方に1ヶ所くらいしかなかった。今回は両方とも張られていたのでツエルト2張りにして正解だった。)  登攀開始10時がリミットと考えていたが、午後は霧との予報ではあるが現状の天気は安定しているので出発することにする。三ノ窓でハーネス等を装着した。

《チンネ左稜線取付までのアプローチ》
 逆4の字の形が見える取付(雪渓のある時期は1ピッチ目と言われるが厳密には2ピッチ目)のビレイ点は向かって右側から入るには雪渓が繋がっていれば容易だが、今回は繋がっておらずどうやって上がるのか難しかった。事前打ち合わせでNさんが集めてくれた情報に、回り込むと容易だという情報があり、Nさんが一旦下に降りて大きく回り込んで確認すると、左側から容易なルートで取り付くことができた。直面すると無理して行けそうな雰囲気があるだけに、事前の情報集めと落ち着いて安全なルートを探すことが重要だと感じた。
(Nの補足)
 取付へは、三ノ窓雪渓の上部をピッケルとアイゼンで横断し、ガレ場が露出したインゼルを少しだけ下ってから横断し再度雪渓に下りて、チンネの基部沿いに左下へ回り込むとシュルントの底へ出る。シュルントを3mほど登ればそこから取付へ上がれそうだが、濡れていてよくないので、左手へ5mほど巻いて岩に乗り、左端のルンゼ状を2mほど上がると取付に出た。取付周辺は小広い岩棚で、クライミングシューズに履き替えるのも楽だった。取付のビレイポイントは2カ所あった。

《チンネ左稜線登攀》
 Nさん・MAさんパーティー(Nパーティー)とKN・MHさんパーティー(KNパーティー)の2つのザイルパーティーを組み、Nパーティー先行で10時20分に登攀開始。今回は2ndが2人分の荷物の入ったザックを背負うシステムにした。靴とアイゼンとピッケルを2人分背負わなければならないが、リードは空身になるので自由に動ける。KNは水は500mlのペットボトルを腰に下げた(炎天下だったら足りなかった)。
 前にも後にもパーティーはいない。急かされず渋滞もなく登れることはありがたいが6時間で登ったとしても16時になるので時間との勝負だ。

1P目:右にカンテがある凹角 W級20m
Nパーティー Nリード
 (N):私は、前回は凹角の右のカンテに沿って登ったが、今回は凹角の左側面のフェースを登った。こちらは上の方が若干易しくなる。バンド状に上がって終了。一段下りた左のバンドを少し行ってみるが、2mくらいで行き止まりの感じなので、戻って凹角を抜けた所のアンカーでピッチを切った。
(MA):最初のピッチは身体の動きが堅く、思ったより簡単に登れなかった。

KNパーティー KNリード
(KN):Nさんは左上したが、KNはクラック通しで上がってチムニーに入った。ホールドが細かいところもある。上部は簡単という情報もあったがチムニーに入ると狭くていやらしかった。プロテクションも屈曲してしまいロープが重くなった。
ビレイ点:乱打されているハーケンを譲り合いながら2組の支点がとれた。足もとにぐらつく岩があった。
(MH):下からみると行けそうな感じはするが、チムニーは下からみるよりも意外と難しかった。

2P目:右上気味フェース V級50m
Nパーティー MAリード
(MA):自分のリード開始。テラスをトラバースし、ハーケンが連打されている所から登ろうとするが、Nさんからそこは違うと思うという声が掛る。(1P目登った後に2Pの出だしを偵察したとのこと)さらにトラバースしてみるが、ブッシュがありそれ以上の踏み痕は無く、最初に自分が判断したルートで登りはじめる。50mの感覚がわからず、フェース途中で連打されているハーケンの所でピッチを切って支点を作るが、ロープが沢山残っているということで、もう一度登りはじめ少し上で支点構築。ロープの流れが悪かった。(後でネットの記録を見ると、「抜け口が草付き」という記述有。頭に入れておけばよかった)
(N):左下のバンドを左へ2mくらい行ったところのクラック状からフェースに上がり、ピンに導かれるようにフェースを登る。最初のクラック状が若干力を使い、V級+くらいに感じた。フェースはそれなりに高度感があるが、傾斜はそれほど強くない。ピンはやや右上気味にほぼ真っ直ぐ適当な間隔であった。
 Aさんが「ハーケンがあるが、ここを登るのか?」と聞いてきたが、私からはよく見えないので手前にあったハーケンかと思い、とんちんかんな問答をしたが、「その先にハーケンが続いてあるか? V級くらいの感じか?」と聞くと「ある。V級くらい」との返事だったので「じゃあそこがルートでしょう。登ってください。」と伝える。途中で「ビレイ解除」の声がかかったが、20mくらいしかロープが出ていなかったので、「まだ登ってください」と伝えた。もう少し進んでからも同様のやり取りをした。このピッチは2ピッチか3ピッチに分けて登ることもできるようだが、1ピッチ50mで行ける。ピッチ終了点はハングの基部。
 先行者が近くにいないのでAさんはまったく初見でがんばって50mをリードした。

KNパーティー MHリード
(MH):先行パーティー(A・N)が先に登っていたので精神的には楽だった。しかし登り始めは本当にこのルートで良いのか不安になった。登り終わってからはV級だと思ったが、初見のリードだったらかなりの緊張感があったと思う。
(KN):出だしを左に回り込む。リードが登るのを見ていたのに回り込み方が足りなくて難しい出だしになってしまった。2ndだったのでルートファインディングは楽だったが、どこでも登れそうで実はルートを外すと難しいパターンだと思った。
ビレイ点:乱打されているハーケンを譲り合いながら2組の支点が取れた。

3P目:岩の乗越〜バンド〜チムニー状ルンゼ V級35m
Nパーティー Nリード
(N):ハングした岩の基部から右に行って岩を乗越すと草付のバンドが少し続き、左手に、左右両側に岩が立っていて「門」のような形に見えるところに続くルンゼが見える。そのルンゼに行き2、3m登ると、左の岩にビレイ点がある。なおこの左の岩は、三ノ窓から鳥の頭のように見える。

(MA):2P目でロープの流れで苦労したので、Nさんのプロテクションの取り方を観察しながら登った。

KNパーティー KNリード
(KN):出だしの岩を乗り越えると容易な登りになる。しかしルートが屈曲しており終了点手前で左に大きく曲るためプロテクションの取り方が悪いとロープの流れが異常に悪くなる。
ビレイ点:ピナクル側に2ヶ所でとれた。
(MH):簡単なルートだが、次のビレイ点を頭に入れて登ればルートを間違えることはないと思う。
4P目:立っているが快適なフェース V級20m
Nパーティー MAリード
(MA):ピナクルのフェースの間を数歩ステミングの後、フェースに乗り移る。ステミングは苦手意識があったが問題なし。
(N):このフェースは傾斜は急だが、適度にホールドがあり、岩も硬く快適。登りきった所にビレイポイント。ステミングもよいが、適当にホールドを探せばステミングを使わなくても取り付ける。
KNパーティー MHリード
(MH):出だしはフェースで難しいと思い、足を突っ張って登ると良いと聞いていたので、それで登ってみたら楽に登れた。 (KN):垂直の壁で出だしが難しいが、反対側のピナクルの壁に足を突っ張って上がるとその先はV級らしい登攀。リードのルートファインディングは難しかったかもしれない。

5P目:ハイマツの水平のリッジ U級40m
Nパーティー Nリード
(N):中間部に右側がガレて切れた所がある。大したことはないが、念のためピナクルにプロテクションを取った。リッジを通過し終わった所がピッチ終了点。終了点の目の前にすっきりした草付フェース。
 終了点の右下にあるハイマツをビレイ点とした。しかし、ちょっと分かりにくいが、草付フェースの左下に2枚の残置ハーケンがあるのを見つけた。ビレイ点として使えるので、KNパーティーにはそれを使ってもらった。そこは小広い平坦な土のテラスなので、皆で休憩した。ここではクライミングシューズを脱いで足をリラックスさせるとよい。
(MA):簡単な登りだった為、Nさんが荷物を背負ったまま移動。プロテクションは不要なくらいのピッチと思った。
KNパーティー KNリード
(KN):這い松のリッジをほぼ水平移動。終了点は広場になっていてザックを降ろして長めの休憩をした。
ビレイ点:ハイマツでも取れるが6P目のリードの確保はハーケン2か所から取った。
(MH):ここはロープを出さなくてもよいくらいの場所だった。

6P目:草付フェース V級50m
Nパーティー MAリード
(MA):フェース登り。クライミングシューズがキツくて、靴ひもをゆるゆるにして登った。
(N): ビレイ点の真上の浅いルンゼ状から始まる。あるガイド本の解説には、この上のピッチと合せて2ピッチの草付フェースは「岩も脆く、支点も少なめなので慎重に登ろう」と書いてあったが、確かに岩は脆いが1ピッチ目は適度に残置ハーケンがあった。  Aさんはピッチ終了点のビレイ点を行き過ぎたようで、ハーケン1枚でビレイしていた。セカンドで登ってきた私は、Aさんの場所を通り越してビレイ点がないか探したがなかった。
KNパーティー MHリード
(MH)フェース状で簡単な登りだが、わりと高度感があり緊張感はあった。
(KN):這い松沿いを登り始め、リッジからチムニー状の凹部へ移動して行く。ロープに沿って直登していたら右に移動するところを通り過ぎてしまった。大股開きのきわどい動作で凹部に移動して登った。

7P目:草付フェース〜リッジ V級35m
Nパーティー Nリード
(N):Aさんを通り越し右の凹状部に移り、近くにあった1枚のハーケンにプロテクションを取って、Aさんにはボディビレイに切り替えてもらった。そのままザックを背負ってリードする。このピッチは、支点はほとんどないか少なかった。カムが使えそうだが、そこまでしなくてもよい程度だと思った。ピッチ終了点の手前は脇からも行けそうだったが、リッジ通しに登った。登りきった所は小テラスで3枚の残置ハーケンがあった。少し先には懸垂下降用のスリングがかかっていた。  そして目の前には、よく写真で見る「巨大な」とも言われるが10m程度の高さのピナクルが見え、その先に核心部の「鼻」が実際より急峻に聳えて見える。その間にピナクル群があるが、陰になって見えない。左手にはクレオパトラニードルが見え、登っているパーティーがいた。
(MA):疲れを感じてきて、とにかく夢中で登る。
KNパーティー KNリード
(KN):リッジから凹部へ進む。高度感が増してくるが、リードは空身なので落ち着いて登れた。終了点は広くはないが絶壁ではないので一息つけた。
(MH):ルートもわかりやすいので落ち着いて登ればルートミスはしないと思う。晴れていれば眺めは良いだろうと思った。

8P目:ピナクル群 V級45m
Nパーティー MAリード
(MA):長いピッチであるとともにロープが岩に挟まりそうだったのでなるべく長くプロテクションを取ったつもりだったが、登っている途中からロープの流れが悪くなる。ロープを引っ張りながらのクライミングの繰り返し。なかなか進めず苦労する。力を込めてロープを引っ張っていたので爪の間が剥がれて指から流血した。 (N):ビレイポイントからギャップに下りて10mのピナクルに取り付く。ピナクルの正面左から取り付き数m左上気味に登ったあと浅いルンゼ状を右上して頂点を越えた。ピナクルには取付少し上に2枚、中間に1枚の残置ハーケンがあった。
 その先のピナクル群は、ピナクルを跨いだりへつったりして進む。岩のテラスT5すぐ手前の小広い土のテラスがピッチ終了点。リードのAさんはルートファインディングに時間がかかったそうだ。ロープの流れも悪く苦労したようだ。しかし、粘り強く自力でやりきった。
 このテラスに4人集まって休憩した。クライミングシューズを脱いで足をリラックスさせながらオブザベーションをする。ここからだと、リードの登りもよく見える。
KNパーティー MHリード
(MH):先行パーティーのAがプロテクションをとって、ロープの流れが悪くなったから、ルートも難しくなかったので私はプロテクションをあまりとらなかった。初見だとルートファインディングに迷うところもあると感じた。
(KN):核心部手前のよく写真に写るピナクル。右の凹部に入ると難しいという話なので正面から上った。ロープの流れが悪くなるので、Hさんはプロテクションをほとんど取らず最低限で登った。時折ガスがかかり高度感がごまかされて助かった。

9P目:垂壁〜小ハング〜フェース〜リッジ X級40m
Nパーティー Nリード
(N):ルートの核心部はこのピッチにある。ピンは核心部のところだけでも6、7本はあっただろう。T5のすぐ上は立っているが、フットホールドは豊富。手がかりは一見なさそうに見えるが、右のカンテに右手をかければしっかり保持できる。カンテ部から左の外傾したテラス状フェースに移るときにも、その手前に左足を一旦置けるお誂え向きの四角い岩がある。右足は右のカンテ状の所に乗って左足を外傾したテラス状フェースに移し、さらに右足も移動させて外傾テラス状フェースに両足で乗る。ここは下から見ると乗越すのが難しそうなハングに見えるが、実際には右から回り込んで移るので乗越す感じではない。
 テラス状フェースはすぐそばには手がかりはないが、それほど急傾斜ではなくスメアリングで立て、2歩程度歩けば小ハングの上のガバに手が届く。その少し右にもかかりのよいガバがあり、それらを使って乗越した。以前ここを登攀したときはスリングがぶら下がっていてA0で登っている人もいた。
 あとはV級かV級+程度のフェースとリッジ。浅いクラックの手前の小テラスでビレイ。近くにビレイポイントは2、3か所あったが、1ヶ所以外はちょっと窮屈な感じ。
 日暮れまでの時間が気になってきた。雨もポツリポツリしだした。
(MA):リードのNさんが核心を難なく登って行ったのを見て、少し油断してしまった。荷物を背負って取りつくと、今までと傾斜が格段に違うので、荷物に身体をグッと引っ張られ後傾になってしまいビビる。写真を見て研究していたつもりだが、一旦身体を大きくカンテの右外に出してしまったのでハング下で元の位置に戻るのに苦労して怖かった。Nさんが細かくプロテクションを取っていたので安心感はあったが、外す時に緊張感があった。ハング越え前に足を滑らせ、テンション。靴紐を緩めたままだったのを後悔。満足のいかないピッチとなった。
KNパーティー KNリード
(KN):いよいよ核心部。8P目の終了点からT5テラスに取り付くところもちょっと怖い。T5テラスに立ちプロテクションをダブルロープの両方にしっかり取った。ハング下はカンテに乗るまで左足の置き方が難しかった。手でカンテを掴んで体を振って左足を上げた。カンテの向う側は切れ落ちていて高度感たっぷり。右足がカンテ上のステップに乗ってしまえば一息つける。プロテクションを取り体勢を整えていよいよハング越え。岩に真正面から向き合うとハングをきつく感じるので、左方向に抜ける感じで越えたら楽だった。
 乗り越えたところは一息つけるかと思ったが、上がったところはスラブで次の小ハングまでも気を抜けない。小ハングを越えてもまだまだ距離がある感じがして、クイックドローの残りが気になる。少しパスしたが結局余らせて終了点に到着。
ビレイ点:上はやや広いが、下は狭く高度感のある場所での確保となる。
(MH):核心部のハングしている所に行くまでが結構難しかった。核心と言われているハングを越えるのはそれほど難しくはなかったが、そのあとの小ハング越えがきつかった。荷物を担いでいたこともあるが、私個人的にはここが一番の核心だった。

10P目:浅いクラック〜フェース〜リッジ V級+ 20m
Nパーティー MAリード
(MA):寒くなったので雨具の上着を着て登った。
(N):リッジ脇のクラックから始まる。Aさんは核心部で苦労したので少し心配したが、すぐに気持ちを切り替えてリードした。ギザギザのリッジ部分は側面がスパッと切れている所もあるのでルートファインディングに時間がかかったようだ。小さなコル状でビレイ。
KNパーティー MHリード
(MH):V級+だが、結構気がぬけないところだった。
(KN):クラックの顕著なリッジを登る。核心が終わったからと気を抜くことはできない。雨が降ってきたがすぐに止んだ。

11P目:フェース〜リッジ(ナイフエッジ、ピナクル) V級40m
Nパーティー Nリード
(N):時間節約のためザック背負ったままリードする。まずリッジ上にある10mくらいの小さなフェースを直登してリッジに出る。あとはリッジ通しにナイフエッジやピナクルを越えたり側面をトラバースしたりしていく。途中からは傾斜が落ちる。ピナクルの所でピッチを切る。
(MA):核心が終わって気が抜けたせいか、今までのピッチより高度感を感じた。 KNパーティー KNリード
(KN):目の前のピナクルを越えて行く。ここから先はピナクルのアップダウンが続く高度感のある水平方向への移動となり怖い。一か所下がる所で岩の割れ目にロープが挟まってしまうので、たるませて持って下ってから割れ目に挟まらない角度まで登りかえして進んだ。
ビレイ点:ピンもあるが、岩角でも取れる。
(MH):目の前のピナクルの部分がすんなりいかなかったが、怖い思いはせず通過できた。

12P目:ナイフエッジ U級20m、30m
Nパーティー Nリード
(N):ここも続けてリードする。チンネの頭のシンボリックなピナクルの手前でピッチを切る。
(MA):疲れが出ていたので、Nさんにそのままリードをして頂いた。
KNパーティー MHリード
(MH):ガスっていたので高度感がなかった。また足場もしっかりとしているのでプロテクションも多く取らずに通過できた。プロテクションを多くとるとロープの流れが悪くなると考えた為。
(KN):高度感たっぷりのピナクル群をへつって進む。岩頭を立って渡る場所もありロープを付けているとはいえかなり怖い。どこまで続くのかと不安になるころにチンネの頭に到着した。

13P目 岩稜 U級10m
Nパーティー MAリード
(MA):チンネの頭までほぼ水平の移動。もうすぐ暗くなるので、チンネの頭の記念撮影は無し、ということになったが、「二度と来れないかもしれないので!」とお願いして、一人だけチンネの頭に立って記念撮影。
(N):シンボルのピナクルのてっぺんに立った写真をどうしても撮りたいというAさん。KNパーティーが来るまでに少し時間があるので、その間に写真を撮った。撮った後そのままロープを延ばして懸垂下降の支点がある終了点まで行ってもらって終了。

《終了点から三ノ窓まで》
 チンネの頭で靴を履き替えてヘッドライトを事前に装着して、池ノ谷ガリーへの懸垂支点まで歩いて下りた。夕闇は迫りつつあり、2P目の懸垂を始める時にはすっかり暗くなりヘッドライトでの懸垂下降となった。注意して下るが落石がひどい。暗闇の中で慎重に池ノ谷ガリーを下り、20時40分に三ノ窓に到着することができた。
 それから雪渓の雫を集めて水を確保して夕食を食べたので、就寝は22時を過ぎた。
(Nの補足)
 終了点からは少しの歩きで三ノ窓の頭との間のギャップまで下り、そこにあった懸垂下降支点を使って15〜20mくらい下った。岩にまた懸垂下降支点があり、そこで中継することにする。古いハーケンが引き抜き方向に打たれた支点であまり気持ちよくないが、テスティングしてみて大丈夫そうなのでその支点を使った。
 2ピッチ目下降の途中から暗くなったためか落石を頻繁に起こす。下降し終わってからは右の岩壁の方に行って落石を避け、ロープの回収も岩陰に隠れるようにして行った。幸いロープの回収のときは落石は起こらなかった。下りた所は池ノ谷乗越から数10m下のガリーの途中だった。
 私は以前チンネの頭から池ノ谷ガリーへクライムダウンした記憶がある。クライムダウンは三ノ窓の頭との間のギャップから池ノ谷乗越側へ戻る形で斜めに下りた。翌日池ノ谷ガリーを登りかえしながら観察したところ、それらしい踏み跡も見られた。今回懸垂下降してみて、落石の危険性を考えると、クライムダウンを選択した方がいいと思われた。
 ヘッドランプを点けての池ノ谷ガリーの下降は、明るい時に比べ2倍くらい時間がかかる。暗い中での行動は危険度が増す上に危険地帯にいる時間も増えるのでより一層危険に身をさらすことになる。なるべく避けたい。

8月11日(火)曇り
6:00起床8:00→8:50池ノ谷乗越→11:20長次郎谷出合(荷物デポ)→真砂沢ロッジ12:00→長次郎谷出合(荷物回収)13:10→15:15剱澤小屋→15:50剱沢CS
周辺のパーティーは早くから行動を開始していたが我々は6時起床。穏やかな三ノ窓の朝を堪能して8時に出発した。50分ほどで池ノ谷ガリーを登り返す。ガレ場の落石に神経を使いながら池ノ谷乗越から雪渓まで下降した。今日中に剱沢CSへ上がることにして、長次郎谷出合から空のザックを持ってHさんとKNで真砂沢ロッジへテントとデポした荷物を回収に向かった。
 真砂沢ロッジでチンネ左稜線を無事登攀できたことを報告しコーラを購入して再び剱沢雪渓を登り返した。長次郎谷出合からは荷物が格段に重くなり、ヘロヘロになりながら雪渓を登り切った。剱澤小屋でビールと明日の昼食用にカップヌードルを購入して剱沢CSに16時前に到着した。剱沢CSでドコモの携帯が繋がるようになっていて、スマホで天気の確認をしたり、明日入山してくる源次郎尾根隊と連絡を取ることができた。
8月12日(水)曇り
6:00起床
 KNは今日室堂から上がってくる源次郎尾根隊と合流するので3人を見送りテントに残った。天気が良ければ洗濯でもしようかと思ったが、小雨が降ったのでごろごろしていたらすぐに昼になって皆が上がってきた。山口さんに剱澤小屋までビールを買いに行ってもらい、山下さん杉浦さん山崎さんは明日の下見に剱沢雪渓まで出かけて行った。
 夕飯はゴーヤチャンプルーで久しぶりに緑の野菜を食べた。
 明日の天気は悪そうだ。雨なら早朝の起床を見送ることにして就寝する。

 ◇下山組(N、MH、MA)
6:00起床→7:20剱沢CS発→10:30室堂 
 雷鳥坂で源次郎尾根隊と行き会いエールを交換する。室堂で解散した。

8月13日(水) 5:30起床6:30→7:20別山乗越→10:00室堂バスターミナル10:40→12:30立山駅
夜からテントに打ち付ける雨音は強く、前日の打合わせの通り自動的に起床を遅らせた。明日の天候回復も期待できないため、源次郎尾根隊山下リーダーの判断で停滞せずに下山することに決定した。
 雨は小康状態だが気温は低目だった。6:30に出発し別山乗越に50分程で到着した。帰り道にみくりが池温泉に寄るか迷ったが、寒いこともあってやめて室堂に向かった。旅行会社に電話がなかなか繋がらず焦ったが、なんとか源次郎尾根隊の帰りのバスも予約することができた。無事の予約を確認してKNは一人で美女平行のバスに乗り立山駅に下りて、5日間の剱での生活が終わった。

雑感:MH
 今年の初めからチンネに登れるかどうか本当に不安だったので事前のトレーニングをしっかりとやってからチンネには挑みたいと思ってやってきました。その甲斐あってかなんとか無事にいけて良かったです。しかしチンネの取り付きまでのアプローチが結構大変でした。取り付きに行くまでにふくらはぎが結構疲労して登攀できるのか心配をしたが、無事に登攀できて良かった。
 課題としては、全体的にスピードアップが必要。特に初めてのルートではルートファインディング力をつけて登攀にかかる時間を少なくしないと全体的に時間がかかってしまうので、谷川岳などで本チャンの回数を増やして練習して行きたい。今回は先行パーティー(N・A)がいたので精神的にだいぶ楽だった。もし自分たちが先行パーティーだったら、3級の所でももっともっと難しく感じたことだろう。今回は良い経験をさせてもらいました。一緒に行ってくれた皆さんに感謝致します。

雑感:MA
 アプローチの長次郎谷を登るのは3回目。今回は長次郎谷を池ノ谷乗越目指して詰めたが、3年前にNさんから本チャンを経験する前に、まずは長次郎谷を詰めて剱岳本峰に登るという課題が出てひたすら雪渓を詰めて頂上まで行った経験があった為、登りのスピードは上がらなかったが、気持ち的には余裕があった。長次郎谷を下から上まで詰めるという経験は、単調だが必要な訓練の一つと感じた。
 池ノ谷の下りは足の置き方が悪いと、落石⇒岩雪崩を起こしかねないと思い、相当神経を使った。三ノ窓は思っていたより幕営場所があるな、という印象。  チンネのクライミングは、自分の担当ピッチは長めだった為、ロープの流れに苦労した。ロープを引くのに体力と気力を使ってしまった。ルートが屈曲する場合、ギャップが大きい場合のプロテクションの取り方の練習が必要と思った。
 過去の谷川・剱の本チャンでは、リードをすることはあっても、第一パーティーで登ったことがなく、また、先行パーティーもいなかったので、全くの初見で登る難しさを感じた。ルートファインディングに時間がかかり、全体のスピードを遅くしてしまった。
 7月にクライミングシューズを買い替えた為、指先が痛く、クライミングシューズの性能を出し切れなかった。足慣らし期間が足りなかった。
 チンネの頭では、もう2度と来れないかもと思い、日暮れが迫った中一人だけ記念撮影をして頂いたが、山行を終えてみると、また来年もチンネに行き満足できるクライミングをしたいと思ってしまうので不思議なものだ。
 今回色々と経験し反省したことを忘れないうちに、スピードアップを課題にもう一度トライしてみたいと思う。過去数年ご指導頂き、トレーニングを続けてきた成果を試した山行となった。自分としては70点くらい。真砂沢からのアプローチを含め、自分の中では一番大変なクライミングでしたが、無事完登出来てパーティーの皆さんに本当に感謝します!
(KN記)

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