槍ヶ岳北鎌尾根の記録

日程:2015年9月19日(土)〜22日(火)

【 行  程 】
@ 6。30は6時間30分のことです。
A 総歩行時間は休憩を除いた時間です。
B 北鎌尾根上のピークのP11〜14は厳密ではないかもしれません。

9月19日(土)晴れ  入山
 7:00平沼橋発 =(車・6。30)= 13:30沢渡第2駐車場13:45 =(タクシー・0。20)=14:05上高地(登山届提出)→ 14:20小梨平キャンプ場(テント泊)

9月20日(日)晴れ  総歩行時間:7。40 総行動時間:9。25
 4:30起床 小梨平5:05 →(0。40)→ 5:45明神5:55 →(0。50)→ 6:45徳沢6:55→(0。55)→ 7:50横尾8:10 →(1。15)→ 9:25槍沢ロッヂ9:40 →(0。35)→ 10:15ババ平10:25 →(0。20)→ 10:45水俣乗越への分岐10:55 →(1。25 途中10分休憩)→ 12:20水俣乗越12:30 →(1。15)→ 13:45間ノ沢出合手前13:55 →(0。35)→ 14:30北鎌沢出合(テント泊)

9月21日(月)晴れ  総歩行時間:9。40 総行動時間:11。20
 3:45起床 北鎌沢出合5:00 → 5:25左俣分岐(水汲み)5:30 →(1。50 途中休憩10分)→ 7:20北鎌のコル7:30 →(1。00)→ 8:30P88:40 →(0。15)→ 8:55P9(天狗の腰掛)→(0。30)→ 9:25独標手前の平坦地9:35 →(0。10)→ 9:45《北鎌のコルから2。15》独標(P10)トラバース開始点 →(1。05)→ 10:50P1111:00 →(0。15)→ 11:25P12 →(0:15)→ 11:40P13→(0。35)→ 12:10P14 →(0。25)→ 12:35P15手前の展望台12:50 →(0。25)→ 13:15P1513:20 →(0。20)→ 13:40北鎌平13:55 →(0。50)→ 14:45大槍《独標トラバース開始から5。00》《北鎌のコルから7。15》《北鎌沢出合から9。45》15:00 →(0。25)→ 15:25槍の肩15:30 →(0。50)→ 16:20殺生ヒュッテテント場(テント泊)

9月22日(火)晴れ 下山 総歩行時間:5。35 総行動時間:6。25
 4:00起床 殺生ヒュッテテント場5:35 →(1。20 途中10分休憩)→ 6:55水俣乗越への分岐 →(0。20)→7:15ババ平7:25→(0。20)→7:45槍沢ロッヂ →(1。05)→ 8:50横尾9:10 →(0。45)→ 9:55徳沢10:05 →(0。45)→ 10:50明神11:00 →(0。55 途中クールダウン10分)→ 12:00上高地タクシー乗場 =(タクシー・0。30)= 12:20沢渡第2駐車場

【 行 動 の 記 録 】
【9月19日】晴れ 横浜〜小梨平 入山
 これまで夜行が多かったが、事前の打合せで、土曜日発なので朝発って上高地まで入り小梨平でテント泊をしようということになった。結果的に楽だった。小梨平は売店も充実しているし食堂もあり、トイレも快適だった。テントを張って、コンビニで調達した夕食をテント場のテーブルで摂った。小梨平キャンプ場の受付で様子を聞いたところ「槍の頂上は大混雑で、北鎌からも順番待ちになるかも」との話だった。テント泊は快適だった。なお今回は1〜2人用テントと2〜3人用テントを使い、それぞれ2人と3人で寝た。荷物が入りきらないかもしれないとツエルトも用意したが、不要だった。

【9月20日】晴れ 小梨平〜北鎌沢出合
4時半に起床。今日は北鎌沢の出合までだ。夜行での入山に比べると、2時間弱早く動ける。青空のもと明神、徳沢、横尾を進む。やはり登山ブームなのか、徳沢のキャンプ場もいっぱいだし、横尾ではテント場が以前よりかなり広がった感じだった。ババ平ではトイレと管理棟が新設されていたし、テント場は河原にまで仮設置されていた。ババ平で給水した。
出発してから水俣乗越への分岐まで約5時間40分かかった。しかしそのうちの横尾までの約3時間はほぼ水平移動だ。水俣乗越への分岐では、多くの登山者が休んでいたが、我々は右手の枯沢を少し上がって休憩した。休憩していると、2パーティーが水俣乗越方面へ向かっていった。そのうちの1パーティーは、ツアーのようで水俣乗越から東鎌尾根を槍へたどるとのこと。沢の左岸側に上がり、ダケカンバが生えた灌木帯のボッカ道を水俣乗越へ向かう。その間にも数パーティと出会う。ほとんどが北鎌沢出合まで行く、とのことだったが、千天出合まで行き、北鎌尾根末端から登るというパーティーもいた。
1時間半ほどの登りの後、水俣乗越で数パーティーとともに休憩後、天上沢に向かう。乗越から小沢の右岸の急なザレ場を滑落に気を付けながら下る。思ったよりザレ場は長かったので、途中でヘルメットを被る。そのあとは右の尾根側の樹林帯の中の踏み跡を木を掴んだりしながら下り、崖で行き止まりになった所で左へトラバース気味に下降する。以前来たときは、かなりトラバースしたが、今回はすぐ先にフィックスロープがあったので、それに沿って崩れやすい土砂の斜面を沢へ下降した。しばらく白い石がゴロゴロした天上沢を下る。左から枯れた沢が合流するところで休憩する。7年前に来たときは、雨だったので水が流れていた。ここまで、1時間15分。
少し河原を下ると、じきに水流のある間ノ沢に出合った。以前来たときは、ここからも渡渉の繰り返しで難儀したが、今回は小さな水流を1、2度跨いだ程度だった。35分ほど河原を歩いて、北鎌沢出合近くに来た。ある程度広い平坦なテント適地は、すでに先客でほぼ埋まっていた。
KNさんが左岸に小さいがそれぞれ1張ずつなら近くに張れるスペースを見つけてくれた。3人で北鎌沢を水汲みと偵察のため左俣との分岐近くまで行く。天候もよく、気温も暖かかったので、外で炊事をした。焚火の煙も上がっていた。その間にも、新たに入ってくるパーティーがいて、最終的にテント、ツエルトが20数張になった。「キタカマ銀座」と呼びたくなるほどの賑わいだった。

【9月21日】晴れ 北鎌沢出合〜北鎌尾根〜槍ヶ岳〜殺生ヒュッテテント場
《北鎌沢出合〜北鎌のコル》
 日の出は5時25分なので、5時には出発したいと思い、3時45分起床とした。起床すると、周辺のパーティーでも行動する音がする。食事・トイレを済ませハーネス・ヘルメット等の身支度をしてヘッ電で予定通り出発する。快適な気温だ。まずは、北鎌のコルまでの2〜2時間半の登りだ。左俣との分岐で水を汲む。自分の行動用と別に男性2.5L、女性2.0Lをプラティパスに汲んだ。夜も明けて明るくなってきた。前後にパーティーが連なっている。
右俣に入り、細いガレた沢を登って行く。途中大岩を左から乗越した。一手ホールドが細かく3級+くらいの部分があったが、以前来たときは少し手前から右の方に巻いて上がったかもしれない。途中で1度休憩する。そこに以前当会にいたIさんご夫婦が登ってきてエールを交換した。思い思いの所で休憩するためか、数珠つなぎだったパーティーも適当にバラけた。沢が左右に分岐している所は右を選択した。踏み跡もそうなっているので自然にそちらを選択するが、1ヶ所だけ右が濡れていて左への踏み跡の方が明瞭な所があった。そちらへ先行者も入り、私も行きかけたが、草薮のトラバースでいいルートとは思えなかったので戻って右を上がるとすぐにしっかりした踏み跡に導かれた。なお、右を選択すると言っても、上部では右のP7の方へ突き上げる支沢には入り込まないように注意した。そちらへ入って進退窮まって事故になっている例もあるからだ。
登るにつれ島のようにこんもり盛り上がった樹林が目の前に見えてくる。この盛り上がりを挟んで沢は左右に分かれる。そこは右の沢を進む。さらに進むと開けた感じになり、少しザレた小尾根状にぶつかり、左右に沢が分岐するが、ここは中央の草付の小尾根状に上がって進む。すぐに明瞭な踏み跡が現れ自然にコルへ導かれた。もし中央の岩稜を行かず、左の沢を進むと滑りやすそうな草付となり、右の沢を進むとP7の岩壁に行き当たるのかも知れない。先行したはずの屈強そうな単独行の若者が、「ルートを間違えた」と大汗をかいて上がってきた。北鎌のコルには先行パーティーが休んでいた。標高差640m2時間20分の登りだった。我々も小休止。
《北鎌のコル〜独標トラバース開始点》
ここまでが一区切りとすれば、次の区切りは独標までだ。高差は425mだが、水平距離もあり多少のアップダウンもあるためコースタイム2時間半ほどの登りだ。北鎌のコルからは最初天上沢側をトラバース気味に行く。途中で独標がドーンと眼前に現れる。トラバースからヤセ尾根に移る所で左下から上がってくる単独行者に会った。おそらく右俣の途中から左の支沢へ入ったのだろう。意識してそちらへ入るのかどうか分からないが、踏み跡も比較的はっきりしていた。
P8への登りではヤセ尾根やトラバースがあったが、2カ所ほど小さな岩場があった。最初の右側に小太いダケカンバがある岩場(露岩)は、前回来たときはツララがいっぱい垂れ下がっていた。そこはすぐ右に巻道がある。2つ目の岩場は、右にバンドをトラバースした所にある。ここは、右側から上に上がった後左へトラバースする。古いフィックスロープがあった。
順不同かもしれないが、山腹を上がる所で、左が白くザレて落石をおこしそうな所があった。先行者はそちらを通って行ったが、そこは右寄りに行くとしっかりした踏み跡があった。

P8に上がると独標までの見晴らしが広がり、独標を直登するパーティーも見えた。 台地状の天狗の腰掛が少し先に見える。北鎌のコルからここまで1時間。小休止した。続けて天狗の腰掛(P9)に向かい、そこからは一旦千丈沢側に下って稜線上に出る。風が強い。そこは、砂礫の平らな広いスペースがあり、天上沢側の岩陰で風もよけられる。中休止して雨具の上を着て出発する。千丈沢側を巻いて稜線に出て、ほんの少しヤセ尾根をたどって独標のトラバース開始点に着いた。北鎌のコルからここまで2時間15分だった。
《独標トラバース開始点〜独標先の稜線》
トラバース開始点にはピナクルがあり、それに緑色のロープが回してある。そこは右の千丈沢側が1、2歩スッパリ切れているからだ。
ザレたトレースをしばらくトラバースすると上り坂となり一旦登りきったところで岩が千丈沢側に出っ張っていて右側が切れ落ちている。手前の岩にしっかりした支点があった。それをアンカーにして確保してもらい補助ロープを延ばした。出っ張った岩の手前側のハーケン、出っ張り岩の真ん中にあるクラックにCCHハイブリッドエイリアン(1/2〜3/4)を決めてプロテクションを取って、さらに数m登りきった所にある岩角をビレイアンカーとした。ロープを固定し、カラビナとスリングで自己確保をしながら登ってもらい、最後の一人は確保して登ってもらった。ここはセオリー通りロープを出したが、一段下にある足場を使えばザックがつかえることなく通過できるので、しっかりした岩登り技術があればロープは不要かもしれない。今回のメンバーでは不要だったかもしれないが、彼我の条件で不安があればロープを使用した方がいいので、経験しておくのもいいだろう。ここで4、5パーティーに抜かれた。
そのあとは、千丈沢側が切れ落ちた狭い岩のバンドを10mほどトラバースしたのち草付を直上し少し右へ行くと左の岩に2〜3mのクラックがある。クラックの左側にスリングがぶら下がっていた。ここはクラックに足を入れて乗り上がり奮闘する感じに見えたので、スリングの根元を持ってA0で上がった。クラックの左の壁を登る人もいた。



クラックを抜けて少し右へ行くと、緩傾斜のスラブが稜線まで続いていた。また水平方向には、はっきりした踏み跡の巻道が続いている。スラブの左側には浅いルンゼが稜線まで続いていて、そちらを登っているパーティーもあったが、落石を起こした。
我々は、落石を避けてルンゼより右のスラブを登り、ハイマツ部分を中継して少しだけルンゼに入りすぐに右上して稜線に出た。スラブを登らず巻道に入った数パーティーは若干脆そうな草付を稜線に向けて登り返していた。
次の岩峰を右から巻いて再度稜線に抜け出ようとすると、大槍がドドーンと姿を現した。稜線上を少し歩いて平らな所で休憩した。この記録では、一応P11とした。






《独標先の稜線〜北鎌平》
ここから先が北鎌尾根の核心部。ただガイド本などを見てもアップダウンするピークのどれがP11〜P15またはP16と言われるピークなのか正確には分からなかった。北鎌平までおおむね稜線通しに進んだが、2度ほどごく小さく天上沢側を巻き、千丈沢側を小さく巻いたり、1〜2度ほど15〜20mくらい下って巻いた。
他のパーティーが巻道に入っていた所を稜線通しに登ったのが2カ所あった。最初の1ヶ所は、稜線の千丈沢側から草付の中の踏み跡を稜線に上がるとザレた踏み跡があり、少し登って積み重なった岩の左寄りを登った。不確かだが、P12ではないかと思われる。もう1ヶ所は、稜線通しで下るコルの先の登りだが、大きな瓦のような比較的平べったい岩が積み重なった稜線で、一見岩が外傾して登りにくそうに見えたが、取り付いてみると岩伝いに容易に登ることができた。これも不確かだが、P13への登りかと思われる。
稜線状からザレて白い小ピークが見える。大分前のパーティーがロープを出して、さかんに何か叫びながら登っているのが見える。
ここはガイド本等によって「P12付近」「P13」「P14」「P15」と異なって同定されている。この記録では一応P14とした。ここへは稜線上から千丈沢側へ岩溝状を15mか20mくらい下って左に巻いて取り付く。先行パーティーが数パーティー順番待ちをしている。落石を起こしているパーティーもあった。取付からは脆そうな白っぽい3級−程度の岩場になっていた。落石の危険性があるので、先行パーティーは一人ずつ登っていた。それで順番待ちができていたのだ。我々も一人ずつ登った。岩場のグレードと落石誘発の危険性を考え、ロープは出さなかった。上部の左側には岩屑が溜まっていたので、右寄りを登った。岩場の後はザレた緩い登りだった。特に問題はなかった。
しばらく行くと、見晴らしのいい小広いピークに出た。P15の手前の小ピークか。P15と槍の上部がよく見える。P15を巻いているパーティーも見える。ここで小休止。








その先は鞍部となり、もう一度登って北鎌平に到達する。この鞍部への下りは、右側に巻いて下りる踏み跡があり、稜線通しには岩に懸垂下降の支点があった。
「巻きましょうよ」という声があったが、巻くとかなり下って登り返すことになる。私は以前来たときにはクライムダウンした。メンバーにも見てもらうといけそうだとの返事でクライムダウンした。3級−くらいではないかと思われる。後続のパーティーは懸垂下降していた。 クライムダウンしてから北鎌平へ向け登り返す。
北鎌平は広くて平らだが、鞍部ではなく稜線が突き上げてその高さで広場になっているという感じだ。先行の1パーティーが休憩していた。我々のスピードは速くはないが、巻いたパーティーが多かったせいか、かなりの数のパーティーを抜いたようだ。13時40分着。ここまで独標のトラバース開始点から3時間55分だった。

《北鎌平〜大槍》
小休止の後、大槍の穂先に向かう。北鎌平の上は、黒い巨大な岩が積み重なっている。岩を飛び飛びに伝って左寄りに登り稜線に向かう。
ザレている稜線をほんの少し歩き、その後若干天上沢側に出る。 すぐに右手の岩に「穂先は近い 気を抜かず頑張れ」の金属製のレリーフがあり、少し先にカニのハサミのような形をした岩が見える。レリーフのすぐ先の岩の積み重なりを右に登る。踏み跡をたどると1つ目の短いチムニーにぶつかる。ここは左の岩から取り付いて右に渡ったあと直上する。



この上にもう一つチムニーがある。これが北鎌尾根登攀史に何度も出てくるというチムニーだろう。一つ目より少し長い。ここは、ステミングのあと右の壁を使うと比較的容易に登れる。いずれもロープは出さなかった。
チムニーを抜けると踏み跡が左右に分かれていた。最初右に行ったら、ハーケンが打たれた岩が立っていた。2手ほど登ってみると3級くらいの感じで、様子がおかしいので、降りて左へ回り込んでみると人の話声が聞こえ、頂上の人の姿も見えた。岩の段々を登ると祠の裏に出た。頂上は人でいっぱいだった。
14時40分。北鎌平から50分だった。

《槍ヶ岳頂上〜殺生ヒュッテテント場》
祠の前で写真を撮ってもらったり撮ってあげたりして、下る順番を待つ。
の小屋の方を見ると、小屋からまるでトイレの順番待ちのようにびっしりと並んでいる。すれ違いの待ち合わせはあったものの、比較的スムーズに25分ほどで肩に下りることができた。今夜のテント場は肩の小屋より多く張れる殺生ヒュッテとする。だが殺生ヒュッテのテント場もすでにほぼ満杯状態で、小屋から遠いテント場の端に場所を確保して、なるべく小屋の近くにと探しに行くがやはり空きスペースはなく、確保した場所にテントを張った。水は、ビバーク用に担ぎ上げたものがあるので、小屋で買わず、それを使用した。今日の総行動時間は、11時間20分だった。

【9月22日】晴れ 殺生ヒュッテテント場〜上高地 下山
4時に起床して、5時半過ぎに出発した。途中、水俣乗越への分岐手前、ババ平、横尾、徳沢、明神で休憩して、小梨平でクールダウンの体操とストレッチングをして上高地に12時に下山した。タクシー(定額料金)で沢渡の駐車場まで戻り、近くの立ち寄り湯で汗を流し食事をして帰路についた。
北鎌のコルから北鎌平の間にP8からP15と名付けられたピークがあるが、出版物によって異なっているものがある。手持ちの出版物では、2000年以降のものには「P数字」という表記があるが、1990年代のものにはない。登ることそのものに名前は関係ないが、名前を付けるのであれば、統一したものであることが望ましいと思う。その意味でオリジナルが分かればいいなと思う。
 2008年秋に来たときは、天気があまり良くなかったせいもあるが、北鎌沢で泊まったのは我々だけだった。今回は、20数張のテント・ツエルトで大賑わいだった。山岳会と思しきパーティーもいたが、そうではなさそうなパーティーも多い印象だった。山を愉しむ人が増えることはうれしい。  しかしルートミスをしたと思われる人もいた。間違いということではないが、時間がかかる巻道に入ったり、ルート選択を迷っているようなパーティーも見かけた。ルートファインディングは、事前の情報収集も有効だが、ルートに応じた技術に対する自信やルートを見極める経験の蓄積が重要ではないかと思う。
 近年、北鎌尾根では、剱岳の北方稜線と並んで遭難事故が頻発しているようだ。今年の9月でも少なくとも4件あり、1件は道迷いで7日間ビバークする遭難だったそうだ。北ア北部・南部地区遭対協が「北鎌尾根では、自分の実力を見誤った初級者や単独行者による重大事故が多発しています。実力、天候、ルート状況を考慮して、無謀な挑戦はやめましょう。」と呼びかけている。我々も常に山に対する畏怖の念を持ちながらスキルアップを心掛けたい。

記録 N


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