ヨーロッパアルプス
ミディ針峰コスミック稜、モンブラン・グーテ山稜、マッターホルン・ヘルンリ稜
日程:2013年7月12日(金)〜7月24日(水) 全13日間
(渡欧・帰国2日半 情報収集等2日 登山行動5日 休養2日 観光1日 他半日)
●渡欧&帰国 2日半 |
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【7月14日(日)晴れ】 |
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当初、雪稜が少し多い別の所へ行く予定であったが、Kさんの判断で雪稜・雪面・氷河を少し歩いた後、コスミック稜を登攀することになった。 エギーユ・デュ・ミディ南壁、コスミック・バットレスの基部を巻くような感じでコスミック小屋手前の鞍部に向かって緩い雪壁を登って稜上に出て、ミックスの岩稜を登る。 2か所、ガイドのKさんの確保でロープでロワーダウンする。Kさんは一か所は岩角にロープを掛けてクライムダウンし、もう一か所は懸垂下降した。その後、少し傾斜のある雪壁をトラバースし、垂壁を登攀した。フットホールドは細かかったが、手がかりがしっかりしていたので、前爪で登れた。その後、ミックスのルンゼ状を登ると、ロープウエイ駅の展望台の近くのピークに出た。そこで、記念写真を撮った。ハシゴを登って柵を乗り越え展望台へ上がった。 |
Kさんによると、7、8パーティを追い越して、今までで一番速かったそうだ。
2か所ほど多少のバランス運動を要したが、体感したグレードは、V級かV級+程度だった気がする。
ロープウエイ駅に戻り、山岳ジオラマやガストン・レビファの展示を見学してレストランでケーキとコーラをいただいてからロープウエイでシャモニーの街に戻った。 |
【7月15日(月)晴れ】 |
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しばらく行くと、ガレ場状の尾根に出た。左手に無人小屋が見えた。方角をほぼ90°変え尾根を南東へ登る。岩がゴロゴロした平坦地で休憩した。左手には昨日登ったコスミック稜のスカイラインがよく見えた。行く手のガレた岩尾根ではアイベックス(シュタインボック)が一頭じっとこちらを見ていた。少し傾斜が増した岩尾根を行くと、右手に雪原があるところに出た。雪原の端にはテート・ルース小屋が見えた。 |
雪原は、テート・ルース氷河。ヒドゥン・クレバスもあるという。その雪原をトラバースしてテート・ルース小屋に入り、缶コーラ1本とケーキ2切れを買った。1切れはそこで食べ、もう1切れは翌日の行動食用にテイクアウトした。 約1時間の大休止後、アイゼンを付けてアンザイレンして出発。雪原を横切って、尾根の裾のトラバース道の途中へ雪面を登った。右側には、テントが数張立っていた。ここがビバーク許可地なのだろう。トラバース道に上がって少し進むと地面が露出して岩稜っぽくなったのでアイゼンを外した。またすぐ出せるようトップポケットの下に挟み込んだ。 岩場を少し登ると雪のクーロワールへ出た。両端を結ぶ形で空中にワイヤーが渡してある。両端には数パーティが溜まっている。ここでは、毎年のように死亡事故を含めた落石事故が起きているそうだ。 折しも、さかんに落石が起こっている。アイゼンを再装着して、落石がおさまるのを待つ。落石がおさまったところで単独行の先行者が、トラバースを開始するが、すぐのところにある凍ったルンゼを渡るのを躊躇する。Kさんをはじめ、ガイドから「Don’t stop!」「Move!」と声が飛ぶ。次にスタンバイしていたパーティはガイドがクライアントを待ち場所から一旦後退させた。単独行者がほぼクーロワールを抜けるのを見計らって私に「行け」の指示。すばやくクーロワールに入り、小走りで渡った。所要時間は、1〜2分程度だったろう。 |
渡りきったところで日本人パーティに会い、エールを交換する。ここからは旧グーテ小屋へ続く支尾根(バイヨ岩稜)を行く。U級程度と言われる岩稜をひたすら登る。特に厳しいところはなかった。上部は急になっているが、鉄棒や鉄杭、ワイヤーなどが設置されていた。 |
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旧グーテ小屋のテラスに出ると、その先からは雪の世界となる。ちょっとした雪壁と雪稜を登ると真新しい円形のグーテ小屋に到着した。 グーテ小屋は昨年改築され、今年が1シーズン目となる。外でアイゼンを外し、小屋に入ったところで、サンダルに履き替え、アイゼンやピッケル、ストック、ヘルメット、ハーネス、スパッツなどは所定の場所に置く。2階の食堂や3階の寝室(2段のカイコ棚。広さは日本のものと同程度)、トイレは綺麗で快適だ。 6時の夕食まで時間があるので、食堂でストレッチングをしたり、寝転がって休んだ。食事は、席が張り出された。チーズにスープ、ジャガイモのグラタンのようなもの、そして肉の主菜、プリンのデザートだった。食事が終わるとケースに入った水とスポンジが回されて、自分の前のテーブルを清掃する。食事は質量ともによかった。余った分は希望者がいただけた。翌朝の飲み物(コーヒー、紅茶など)の選択を伝え、テルモスを預けて翌朝受け取るようにする。有料。翌日用の水は、ミネラルウォーターを買って、飲み口が凍らないように広口のナルゲンに1リットル入れた。 グーテ小屋は快適な小屋だったが、新しくなってから予約が大変という話だった。 |
食事後、就寝するがお腹が張り、2度トイレに行く。寝ると多少息苦しい。多少高度の影響が出ているのか。寝て息苦しいのは日本でもテントで何度か経験がある。テントでは換気してやるとよくなるので、酸欠の影響かと思っていたので、高度による酸素濃度低下の影響によるものかもしれないと想像した。頭痛などはなかった。しかし、息苦しかったのはこの時だけだった。 |
ボス山稜の雪稜、雪壁をしばらく進むと、登る先には天空しかない雪稜となった。登り切ると、そこがモンブランの頂上だった。6時30分だった。広い山頂では、先行パーティが写真を撮りあっていた。我々も記念写真を撮り、眺望をしばらく楽しんだ。周囲に見える場所でここより高いところはどこにもなかった。 |
20分ほどして山頂を後にした。周囲の眺望を楽しみながらの雪面、雪稜の下降は快適だった。グーテ小屋に寄り、3、40分ほど休んだ。
バイヨ岩稜の下りでは、ピッケルは邪魔なのでザックの中にしまうよう言われる。Kさんは岩稜の下降では、ロープにテンションをかけて下りるように言うが、私の方がショートロープでの動作に不慣れでクライムダウンしてしまう。Kさんを疲れさせたと思うが、自分の方も精神的に疲れた。途中、凍っている所でツルッといってしまった。
クーロワールの手前でアイゼンを装着し、ピッケルを出した。その際に、他のパーティに先行された。Kさんに「ピッケルのプロテクターは付けておかない。また付けていても、スピッツェは使わないので外さなくてよい。プロテクターの処理に時間を取られて遅れる。」「こんな急ぐときは、いちいちザックのハーネスを止めない。時間を取られる。」と指摘される。今回使用したザックだとピッケルを中に入れるとむき出しのスピッツェでは底を破る恐れがあったので、プロテクターを付けたのだが、言われたことはもっともだと思った。プロテクターを外してザックに外付けしておくのも選択肢の一つかもしれないと考えた。“危険な場所は早く通過すべし”という意識は自分にもあったが、安全第一のためにもっと徹底すべき余地が残っていたことを教わった。 山行記録3 マッターホルン4478mヘルンリ稜(1泊2日) |
【7月19日(金)晴れ・曇り】 9:00 アルペン・ローゼ発 =(車)= 11:15 テッシュ駅11:40 =(鉄道)=12:00ツエルマット1616m=(徒歩)= 12:20マッターホルン‐エキスプレスロープウエイ駅=(ロープウエイ)= 12:45シュヴァルツゼー駅2583m12:45 →ハイキング道 → 14:40ヘルンリ小屋3260m (歩行・登り1時間55分) いよいよ今回のヨーロッパアルプス山行のメインの目標マッターホルンに出かけることになった。それまで好天が続いていたので、そろそろ悪くなるのではないか、と心配し、気をもんでいた。しかし、前日にシャモニーの観光局日本語デスクのベルナデットさんがヘルンリ小屋に直接電話を入れて聞いてくれたところによると「雪は降ったが上部はグッド、登頂者もあり」とのことだった。そこで予定通り出発することになった。 今日はヘルンリ小屋までなので、ゆっくり9時に宿を出発した。ツエルマットは、ガソリン車は入れないので、ツエルマットの一駅手前のテッシュまで車で行き、そのあとシャトル電車でツエルマットに入る。シャモニーはフランス、テッシュはスイス。道中国境を越えるので管理施設があるが、そのまま通り抜ける。ガイドのKさんは歴史が好きということで道すがら、マルティニの村、シオンの山城、サン・ベルナール(セント・バーナード)峠などローマ帝国の古代から近代までの歴史遺産を解説してくれ、興味深かった。 ツエルマットへの車窓からはクラインマッターホルンとブライトホルンが望めた。アルプスに来たんだ!という感慨が湧いた。 |
ツエルマットの駅から街中を突っ切って南西の端にあるマッターホルン・エキスプレスのロープウエイ駅まで歩いた。途中名物のソーセージを昼飯に買ってパクついた。ちなみにソーセージは普通の色と白色のがあって、パンがついてくる。私は白を買ったが、ボリュームもあっておいしかった。途中にある橋からマッターホルンが格好よく見えた。ロープウエイは、一気に高度を上げ終点のシュヴァルツゼー(黒い湖)駅へと我々を運んでくれた。 |
ここからヘルンリ小屋までハイキング道を行く。ハイカーも多くいた。ヘルンリ小屋は6時夕食なので、多くのガイドはそれを到着の目途に上がってくる、という。我々も早く着いてもすることがないので、のんびり行こうとなった。ただ、午後雨が降る可能性もあるので、チェックインの3時前には着くようにしようということになった。 |
出発してすぐに、下山するガイドに出会い、Kさんが様子を聞いたところ「山の状態はよい。風もない。今日は7パーティが登頂した。ただ自分たちは、クライアントの状態がよくなかったので登頂しなかった。」とのことだった。 ハイキング道は、森林限界を超えているので、樹木はない。概ね砂礫の道で、雪が残っているところもあった。部分的に金属網の橋や階段、ロープなどが設置され整備されていた。路傍にはかれんな高山植物も生えていた。日本にあるようなものも多いが、ダークブルーのくっきりした花をつけたものは、日本では見ないものであった。 |
しばらく行くと、日本人の一行に遭った。アドベンチャーズ・ガイズのツアーで登頂したとのこと。話では、雪が多かったそうだ。 ヘルンリ小屋は、岩屑の尾根の上にあった。改修工事のお知らせのでっかい横断幕が建ててあった。テーブルと長イスが並んでいて、数人が休んでいた。そこは、小屋で何か飲食物を購入したお客しか使ってはいけないそうだ。ケーキのようなものを食べている人がいる。私も食べたいと思い、人が出入りしている所が売店かと思い、入っていくと、シェルパのようなアジア系の顔立ちの人が何も言わずすごい形相で睨んできた。何ごとかと思っていると、金髪の女性が「ここはキチンです。」と教えてくれた。よく見るとドアに立入り禁止と書いてあった。何のことはない、動き回っているスタッフに注文すればよかったのだった。 そんなこんなしていると、韓国国旗のワッペンがついたダウンジャケットを着た女性が、宿で一緒だったとのことでKさんに話しかけてきた。日本の劇団に何年かいたそうで日本語が上手だった。仲間が、上部の偵察にいっているとのことだった。明るい人で、しばらくのおしゃべりとなった。 3時になったので、2階の受付でチェックインを済ませ、下駄箱に靴とスパッツをしまい、3階の寝室の指定されたベッドに行って荷物を置いた。荷物は、スーパーの買い物カゴのようなものに入れて、廊下のタナに置いた。ヘルメットにヘッドランプを装着しておいた。翌日用の水として、ハイドレーションシステムに1リットルを用意した。今回は、テルモスはなし。荷物を片付けると、やることもないので、夕食までベッドでゴロゴロした。 夕食は、好きな席につき受付でもらったタグを見せると、テーブルにスプーンを置いてくれる。そこに、料理を運んでくれるという仕組みだ。メニューは、シチューを薄くしたような感じのスープ、パイナップルが入った甘いハヤシライス風、デザートだった。私は、好き嫌いがないので、おいしくいただいた。食事中、右隣の席にいたパーティは、モンブランに登頂したときたまたま一緒だったガイドと女性クライアント、左隣はKさんの知り合いのアメリカ人ガイドパーティで、にぎやかな食事だった。 |
食事が終わると、ガイドとクライアントがそれぞれ打合せを行った。我々も簡単に打合せを行った。翌日は、壁に張り出された注意書きに従って3時半起床、朝食、3時50分ころ出発の予定だ。Kさんから、ヘルメット、ハーネス以外はすぐザックにまとめられるようにしておく、パッキングはアイゼンとピッケルをすぐ取り出せるようにしておく、と指示された。翌朝早いので、打合せが終わるとベッドに入った。 |
5分ほど休んで、出発する。左手すぐの上のモズレースラブに取付く。1歩目、左足に重心を移すところで、手がかりから手が外れて、テンションをかけてしまった。下からフランス人が、ニコニコして片手で押してくれた。もう少しやりようを考えてやればよかったと、悔しかった。所々凍っている。今度は先ほど補助してくれたフランス人が氷で滑って落ちてしまった。用心用心。 ルートは左側の東壁が傾斜が緩そうでそちらに誘われそうになるが、傾斜はあるが階段状のリッジを通ることが多かったように思う。東壁の傾斜が急な所には太いロープが固定してあった。上部になると所々雪があるが、かまわずツボ足で行く。 傾斜が緩み雪が多くなったところでアイゼンを装着した。ピッケルをKさんに渡す。岩と雪のミックスルートや雪面を稜上やトラバースをまじえて登る。しばらくすると傾斜が急な稜上を行くようになる。ここらが核心部なのだろう。太いロープが設置されている。最後の垂壁の所には鎖も設置されていた。難しくはない。 |
そこを抜けると右の北壁側に移り、しばらく雪壁が続く。傾斜はそこそこあるが、ここにも部分的に太いロープが張ってある。要所要所に鉄杭が打ってあり、ガイドはそこにロープを巻きつけて確保する。ここまで固定ロープは結構あったが、しっかり足で登れば、腕力勝負ということもない。雪は比較的多いようだった。雪壁を抜けると、頂稜となる。頂稜の手前で最初の下山パーティと行き交う。頂稜の右側は北壁の雪面で、左側は南壁の岩場だ。 頂稜に上がると、すぐにスイス側の頂上に着いた。8時15分だった。所々順番待ちもあったが、何パーティか追い越したので、比較的早く着いたかもしれない。Kさんとしっかり握手し、他のパーティに記念写真を撮ってもらい、喜びと感謝を伝えた。会のペナントを持ってきていたので、広げて写真を撮ってもらう。風が強いので、まくれてしまう。予行演習をしておけばよかった。 その後ピークから少し下がった北壁側にある聖ベルナール像のそばで小休止。水分と行動食を摂った。 |
15分ほど頂上にいて、下り始める。上部は鉄杭にロープを巻きつけ、Kさんがそれを滑らせて私がロワーダウンし、下の鉄杭にロープを巻きつけてKさんの確保を取り、Kさんはクライムダウンその他のテクニックを使って下る。それを繰り返して下った。下部は、その方法とクライムダウン、歩きを混じえて下る。
途中右足のアイゼンが、岩の間に挟んだとき横ズレし、前爪が中指側にズレたので、気を付けて行く。ソルベイ小屋で小休止。アイゼンを外す。
登りでは感じなかったが、ここからが意外と長く感じた。ショートロープの不慣れがもたつきを生み、余計そう感じたかも。今後、ショートロープを使うかどうか分からないが、課題としたい。12時20分にヘルンリ小屋の上の事実上の終了点に着いた。ヘルンリ小屋でスパッツ、雨具上着を脱いで、1時間弱軽い昼食を兼ねて休む。
あとは、往路のハイキング道をシュヴァルツ・ゼーへ戻り、ロープウエイでツエルマットへ降りる。少し歩いて、ツエルマット駅までの無料バスに乗る。駅前のレストランでパスタを食べてシャモニーへの帰途についた。 |