槍ヶ岳北鎌尾根
日程:2008年9月25日(夜発)〜28日


 9月25日
午後8時30分相鉄線二俣川集合

 9月25日午後槍ヶ岳山荘ホームページの天気予報をチェックすると、「26日は気圧の谷通過で雨、稜線は強風で大荒れ、夜にかけて吹雪き、27日午後から晴れるも冬型気圧配置で寒気が流れ込み気温が低い」との予報だった。北海道放送(HBC)の週間予報支援図でも26日は寒気が鋭く食い込んでいる。 急遽、参加メンバーに防寒対策を連絡し、集合場所の二俣川で実施について協議することにした。
協議した結果、沢渡、上高地、槍沢ロッジ、水俣乗越、北鎌沢出合、北鎌のコル、独標の7カ所をチェックポイントとし、随時進退を検討することにして午後8時50分出発した。
 
 道中ほとんど雨には遭わなかったが、新島々あたりから雨だった。4時間弱で仮眠場所に着いた。沢渡の近くの雨がしのげる場所でテントを張って仮眠することにした。仮眠場所からタクシーを予約した。
 
9月26日
 5時に起床するとやはり雨が降っていたが、それほど強くはないので、タクシー会社の駐車場まで移動し、タクシーに乗り換えて上高地へ入った。
 梓川の水は多く、昨夜から明け方にかけてある程度降ったと思われたが、朝起きてからは1o前後の雨という感じだった。晴れていれば暑いだろう槍沢への道も、歩くにはちょうどいい気温で、順調に槍沢への道を進んだ。

 上高地を出てからちょうど5時間。11時20分頃槍沢ロッヂに着いた。温かい珈琲を注文して休憩。私も小屋の人に情報を聞こうと思っていたところ、ロッヂスタッフのアルバイトらしき女性が「これより上に行くのはやめといた方がいい」と言ってきた。情報としては私が槍ヶ岳山荘のホームページで見た天気予報以上のものはないようだった。「我々は今日は上には上がらず、水俣乗越から天上沢へ下る予定で、状態が悪ければ戻ってくる」旨伝えると、ならば気をつけてくださいと言う。他の登山者にも同じように行かない方がいいと止めていた。そういう対応をするよう指示されているようだった。 私としては天上沢と合流する間ノ沢が普段でも飛び石づたいに徒渉するとガイドブックで見ていたので、そこが渡れるかが気になっていて、そのことを聞いたが分からないようだった。出発しようと準備していると、Oさんが呼ぶので行ってみると、今度はやはりアルバイトらしき若い男性が「強風、低温、夕方から雪が降る、水量が多い。これより先には行かない方がいい」というので先ほどと同じ説明をしたら、行くなら名前を言ってくださいと言うので、会の名前と私の名前、人数を伝え、登山者の安全に対する配慮にお礼を言って出発した。
 樹林帯を出て槍沢の開けた所を進むと、水量は普段より多く、右岸の小さな支沢は滝となって幾筋もの白いスダレがかかっていた。 靴にはしっかり防水スプレーをかけてきた。しかし、ずっと雨の中を歩くとそのうち滲みてきて、靴下も濡れるだろう。2日目北鎌尾根の稜線に上がったとき、乾ききっていない靴に濡れた靴下だと凍傷の可能性も出てくるかもしれない。朝、1日目は薄手の靴下を履き、厚手の靴下は2日目に取っておこうと思っていたが、薄手がすぐには見つからず、厚手を履くことになった。それで予備の靴下が欲しくて、明神や徳沢、横尾、槍沢ロッヂの売店で売っていないかと見たが売っていないようだった。26日寝ているうちに乾かすしかないと思い定めた。(後で奥村さんが槍沢ロッヂの休憩所の壁に靴下の商品が貼ってあったというので帰りに見たらあった。)

 水俣乗越への道は、初めてだったが、さすが歩荷(ぼっか)道とあって、歩きやすい道だった。しかし、3時間半仮眠後6、7時間歩いてきたあとの急登でメンバーに疲れも見えてきた。歩行20分、休憩3分のペースに切り替えた。水俣乗越で休憩。ここから先はバリエーションルートとなる。雨は降ったり止んだり。場合によっては撤退して登り返すことになる。メンバーのモチベーションを窺う。引き返したいという気持ちは見られない。ここまでの所要時間も順調だ。天上沢を下ることに決めた。なお、私たちが休んでいると東鎌尾根を登ってくる一行があった。あとで、大天井ヒュッテのホームページに出ていたツアーだと分かった。たしかにあまり山慣れない人たちもいたようで少し危なっかしげだった。

 水俣乗越からの下りは、その下に落ちている沢右岸のザレとその横のまばらな樹林の尾根を急下降する。木の枝をつかんだりして15分かそこいら下ると、右手から落ちてくるガレた沢にぶつかり、その沢沿いに下っていく。途中1カ所合流してくる白い沢床の沢を横切った。ここいらの沢は多分いつもは涸れているのだろうが、今は水が流れているので小さな徒渉の繰り返しとなった。天上沢へはいくつも支沢が入り込んでいるので、下っているときは行き先は明瞭だが、もし引き返すとなると迷う可能性があるので時々皆で振り返って、下ってきたルートを確認した。
 私は、もし間ノ沢が渡れなかったときのことを考えて、テントが張れる場所を物色しながら歩いた。もしなければ水俣乗越へ登り返してババ平まで戻るしかない。ちなみに物色した結果は微妙だった。沢筋は水と落石が怖い。樹林の中は整地できるか分からない、という感じだった。
 しばらく石でガラザラの沢筋を下っていくと左から間ノ沢が合流してきた。心配したほどの水量ではない。場合によっては靴を濡らさないために裸足で、ストックを使いながらの渡渉も想定していたが、少し石を投げ込むと飛び石伝いに行くことができた。一つ目の関門通過でほっとした。
 しかしここからが疲れた。天上沢は繰り返し渡渉を強いられ時間がかかった。途中左手に大岩が積み重なったゴーロが見えた。そのゴーロの向こうにも沢が流れていた。そのゴーロに上がるといくらか歩きやすくなった。もっと手前からこのゴーロに上がれたのかもしれない。大岩のゴーロが終わると広い河原となった。普段はここは水は伏流しているようだが、今はとうとうと流れていた。ここは右岸に沿った段丘に踏み後があった。北鎌尾根から張り出した支尾根を回り込むと北鎌沢との出合いがあった。テントを張った跡があり、出合いにケルンがいくつかあった。そこでテントを張った。夜行明けの長い行動時間が終わった。

しかし北鎌沢を見上げると、滝となっている。明日もこの状態ならシャワークライミングとなり、撤退せざるをえないと話し合った。今日は疲れ気味なので翌日は5時起床として7時30分ころ就寝。靴下と靴のインソールを乾かすため懐に入れた。夜中寒くて目が覚め、ダウン上着、タイツをはき、フリースの上着を着ても寒く、結局ホカロンを腰に貼ってやっと眠ることができた。他のメンバーはそれほど寒くなかったようだった。

 9月27日 一時晴れのちくもり
 起床すると空は晴れている。北鎌沢右俣はところどころ白く水流が見えるが、昨日のような滝の状態ではない。寒くもない。予定通り進むことにする。北鎌沢に入ると、いつもより水流はあるのかもしれないが、シャワーとはなっていない。左俣との分岐から上を見ると水が見えなかったので、左俣から流れる水を各自3Lずつ汲んだ。ところが右俣を5分も登ると水が出てきて、しばらく先までは流れているのが見えたので、汲んだ水を捨て後で汲みなおすことにした。
 沢をずっと登っていく。途中沢が左右に分岐しているところでは右(本流)をゆく。ただし上部では、右のP7の方へ突き上げる支沢には入り込まないように注意した。要は本流をはずさないことだ。コルが近づくとインゼル(島)状にこんもりした樹林が目の前に見えてくる。その右側面には岩も見える。そのインゼル状を挟んで沢は左右に分かれる。そこは右の沢を進む。

 少し進むと開けた感じになり、また沢が左右に分岐する。ここはどちらから行ってもよいが、10mかそこいらで中央の草付の岩稜に上がって、そこを進むと明瞭な踏み跡となって自然にコルへ導かれる。もし中央の岩稜を行かず、左の沢を進むと滑りやすそうな草付となり、右の沢を進むとP7の岩壁に行き当たりそうで、ここらは事故も起きているようだ。途中では対面の大天井岳、牛首展望台、貧乏沢を眺めたりしながら無理のないペースで登った。北鎌のコルに着くころから太陽も顔を出しポカポカ陽気となった。更に進むことにする。

 

 次なる目標は独標の基部。高差425m。8峰への登りの途中のちょっとした岩場ではツララがいっぱい垂れ下がっていた。そのあともところどころにツララが下がっていた。ポキッと折って水替りにもした。天狗の腰掛あたりから稜線上は風が強くなってきた。木立も揺れている。正面に独標がデンと構えている。天狗の腰掛から独標基部にかけては北鎌沢左俣が突き上げるコルとなるが、なだらかなコルではなく岩峰、やせ尾根が入り組んだ複雑な地形をしている。しかし、踏み跡ははっきりしていた。

 コルに降りきったところからは少し急に見える岩場を登り返す。千丈沢側に数メートルトラバースしてからハイマツとの境あたりを直上する。トラバースの踏み跡はもう少し先まで続いていた。岩場を直上すると独標基部が目の前に現れる。しかし基部には、少し下ったあと左の岩稜上に上がって到達する。

いよいよ独標基部、トラバース開始地点に着いた。昨日濡れていた靴も乾いた。風は強いが撤退するほどの問題はない。先に行くことにする。これより先は風を避けてゆっくり休める所があるかどうか分からない。少しゆっくり休むことにした。奥村さんが、天上沢側に風が避けられる岩陰を見つけた。トイレにもなっているようだった。15分休んだ。
さあ、千丈沢側をトラバース開始。と、ピナクル基部にあるトラバース道入り口は千丈沢側にすっぱり崩れ落ちていて、ピナクルにロープが回してある。それを使って崩れ落ちたところをまたいで通過した。分からないがひょっとしたらピナクルの裏側を回ることもできるかもしれない。
 あとは、独標基部を下り気味に行き、水平のザラ場を通って次にザラ場の斜面の登りとなったトラバース道を進んでいく。それらのザラ場は遠くから見るといかにもズルズル滑りそうに見えたが、実際には岩の基部にしっかり踏み跡があってそれほど歩きにくくない。

上記のザラ場の斜面を少し登ると、千丈沢側に岩がかぶり気味のところがあった。距離は4、5メートルで、技術的に特にむずかしい訳ではなかったが、落ちると千丈沢へまっさかさまなので、念のためロープを出した。残置のハーケンとキャメロット(#0.5)を使ってアンカーとし、独立分散で自己ビレーをセットしてもらいSさんに確保してもらった。中間にもCCHハイブリッドエイリアン(1/2〜3/4)でプロテクションをセットした。足場は一段下がったところにしっかりしたものがある。ハングした部分を通り越したところに岩の突起があったので、それをアンカーにしてフォロワーを確保した。二人目はミッテルにして確保した。フォロワーを確保するためのアンカーは、もう1〜2メートル先に足場がいくらか広い場所にも岩の突起があったので、そちらの方がよかったかも。

(このへんから、低温のため電池が冷えてデジカメが使えなくなった。)
 そこを過ぎると緩い傾斜の岩のバンドをトラバースする。トラバースが終わると少し直上して右へトラバースするとチムニーがあった。チムニーの上へ上がると、左手に傾斜の緩いスラブ、右手にははっきりした巻き道が見える。我々は独標頂上からの稜線へ向けてスラブを登った。登ると槍ヶ岳までの稜線は一望の下だった。稜線上を少し戻ると、独標の頂上だが、時間がないので割愛した。相変わらず風は強い。
  ここからはほぼ稜線通しで行く。岩峰を巻くときも次のコルより下には行かなかった。下りる高さもせいぜい20メートルくらいか。下りたあともたいていうまいことトラバースできた。巻くのは天上沢側、千丈沢側両方だった。P12あたり、岩を天上沢側に回りこんだところでハイマツの枝が入り組んだ場所が、風がまったく当たらなかったのでそこで一度休憩した。 
 稜線が白くザレたところがP12あたりとP14にあった。場合によってはロープを出したりしている記録もあったが、登りにくいというほどのこともなかった。ザレが苦手な場合、登りにくいと感じることもあるようだ。P13の登りだったと思うが、1ヶ所ハーケンにスリングをかけてA0にしたところがあった。そこまでしなくても大丈夫かもというところだが、念のためにそうした。P12あたりからが長く感じた。風は相変わらず強く体力を奪い疲労を募らせているのだろうか。中学、高校のころ寒い時期のマラソンで気管支が痛くなったことがあったが、そんな風に気管支が痛くなってきた。目出帽かネックウォーマーを持ってくれば良かったと思った。しかし無いものは仕方がない。
 写真で見た黒い角ばった大岩が見えるとやっと北鎌平に近づいたかと思ったが、違っていた。そんな黒い大岩が積み重なったピークを二つ越えた。いずれも稜線通しに行けた。1ヶ所懸垂下降用の支点と思われるスリングがあったが、クライムダウンで通過できた。その黒い大岩が重なった二つのピークは手前が小さいが、これを数えないと、大きい方のピークがP15になるのだろう。これが一般的な数え方のようだが、北鎌尾根情報を出しておられる大天井ヒュッテの支配人小池さんは、P16まで数えておられるようなので、その場合は手前の小さいピークがP15、大きい方がP16ということになるのだろうか。
 北鎌平に4時20分ころ着いた。だいぶ時間がかかった。今日中に槍の穂先に立ちたいというメンバーの希望があったので、少しの休憩後出発することにする。日没は5時30分ころ。多少残照があるにしても途中で暗くなる可能性があるのでヘルメットにヘッ電を装着して出発した。積み重なった大岩を小気味よく登っていく。

 ところがSさんより声がかかる。足元がよく見えないという。特に右目が。私は自分の経験から、おそらく千丈沢側からの低温の強風が右目に当たり続けたため、血流が阻害されて酸欠状態になったのではないかと思った。おそらく一晩温まって休めば回復するだろうと思った。直ちに引き返して北鎌平にテントを張ることに決めた。もうちょっとだからという声もあったが、安全第一だし、もともと私としてはこの気象条件では北鎌平泊が自然と思っていたので即決した。私が先導し、Oさんが傍について北鎌平に戻った。強風に飛ばされないように声を掛け合ってテントを設営した。早々に夕食を済ませ、Sさんは早めに寝た。私はというと、相変わらず気管支が痛い。せきは出ないので、ダメージが大きいとは思わなかったが、多少寝苦しく1時間ごとに目が覚めた。思いついてバンダナでマスク、ネックウォーマー代わりとした。行動中に思いついていれば気管支を守れたかもしれない。また、体の右から風を受け続けたせいか、右肩周りがなんとなくこわばった感じがあった。明日は主に下山なので、4時半起床とした。

9月28日 くもり
朝起きると、曇ってはいるが空は明るい。気温は低いが昨日ほど風は強くない。清水さんも、目は回復し全く問題ないとのこと。時過ぎ北鎌平を出発し大岩のゴーロを大槍へとたどる。大岩の後はザレがあり、まっすぐ稜上を進む。着いた大槍の基部正面はチムニーっぽく、ここも登れそうだが、踏み跡は天上沢側に巻いている。その踏み跡を少し行くと「がんばれ」という金属のプレートがあった。その少し先で上へ登っていくと5m程度のチムニーがあった。ロープを出して、チムニーの右壁を登り、岩角でビレーした。他の人はチムニーの真ん中を登ってきた。チムニーを抜けると続けて凹角があった。ロープを持って登り、上で確保した。そこは凹角を避けて右へ回り込んでも行けるようだった。その後、左から回り込んで頂上直下に出た。頂上へは歩いて行けた。以前頂上で北鎌尾根から上がってくるのを見たときは、すごい傾斜のように見えたが、実際には緩い傾斜だった。登頂は7時40分。頂上には2、3人いたが、寒いのもあってか、関心もなさそうに下りていった。我々も証拠写真を撮って、握手をして早々に頂上を辞した。  穂先を下りて肩の小屋で一服した。登山客は少なく、ヨーロッパ系の外国人パーティ6、7人がいる程度だった。あとでタクシーの運転手さんに聞いた話では入山者は多かったそうだから、多くは涸沢に入ったようだ。
 肩の小屋でゆっくり休んだ後、東鎌尾根を大槍ヒュッテまで歩き、自分たちが歩いてきた天上沢、北鎌尾根を眺めた。あとは順調に槍沢ロッヂ、横尾を経由して上高地へ下った。沢渡のそば屋さんで温泉につかって午後6時帰路についた。ほとんど渋滞に遭うこともなく午後10時に横浜に帰り着いた。


行動記録
9月25日(木)出発時曇り、新島々から雨
 20:30相鉄線二俣川駅集合 実施についての協議
 20:50出発=24:50沢渡手前着 25:15就寝
9月26日(金)雨  総歩行時間:9時間35分 総行動時間:10時間05分
 5:00起床 沢渡手前5:30=(車)=5:50アルピコ駐車場6:00=(タクシー)=6:20上高地6:40→11:20槍沢ロッヂ11:40→14:05水俣乗越14:15→16:25北鎌沢出合 19:30頃就寝
9月27日(土)曇り、低温強風 総歩行時間:10時間25分 総行動時間:11時間
 5:00起床 北鎌沢出合6:20→9:15北鎌のコル9:25→10:50天狗の腰掛→11:40独標基部手前
 11:55→12:00独標トラバース開始点→13:50P12辺り?→14:15P13→15:50P15辺り?→16:25
 北鎌平16:35北鎌平→16:52引き返し地点→17:20北鎌平着
9月28日(日)曇り 総歩行時間:8時間38分 総行動時間:9時間53分
 4:30起床  北鎌平6:07→7:40大槍頂上7:50→8:10槍ヶ岳山荘8:55→11:40槍沢ロッヂ着
 12:00→13:10横尾→14:10徳沢園→16:00上高地着

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